【ネタバレあり】6月に観た、人の思いがカタチになる映画たち(モノノ怪蛇神/超かぐや姫!)
※この記事には『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』と『超かぐや姫!』のネタバレがあります。
※この記事の編集にはAIを活用しています。
6月映画感想(もう7月末ですが…)
2026年6月に映画館で『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』と『超かぐや姫!』を観てきました。
かなり雰囲気の違う2本でしたが、どちらも印象に残る映画でした。
難しい考察なんてできないので、自分が観て感じたことを中心に残しておきたいと思います。


『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』を観た
『劇場版モノノ怪』は、『唐傘』『火鼠』を観ていたので、今回の『蛇神』も楽しみにしていました。
ただ、テレビアニメ版の『モノノ怪』はまだ観ていません。
そのため、今回テレビアニメ版のキャラクターが出てきた時には、かなり驚きました。
テレビ版とのつながりや、細かい考察については、正直さっぱりわかりません。
なので今回は、あくまで自分が映画館で観て感じた範囲で書いていきます。

色が綺麗で、見ていて楽しい
『蛇神』で一番印象に残ったのは、やっぱり色の綺麗さでした。
とにかく画面が楽しい。
色合いが鮮やかで、見ているだけで引き込まれる感じがありました。
アクションもかっこよかったです。
動きの見せ方や画面の勢いが気持ちよくて、映画館で観られてよかったと思いました。
怖さよりも、人の思いがそのまま画面に出てくるような感じが印象に残っています。
ただ怖いものを見せるというより、人の中にある執着や欲望のようなものが、色や形になって表に出てくるように感じました。
細かい部分まで理解できていはいませんが、もう一回観たくなりました。
また、テレビ版を観た後に見返したら、見え方が変わりそうですね。
2回目の『超かぐや姫!』

続いて観たのが『超かぐや姫!』です。
今回は2回目の鑑賞でした。
1回目に観た時は、音楽や映像の勢いがとにかく楽しくて、全体の明るさやテンポの良さを楽しんでいました。
でも2回目は、かなり見え方が違いました。
ヤチヨが実はかぐやだったと知っている状態で観ることになるので、ヤチヨの一つ一つの行動や言葉の意味が、前とは違って見えてきます。
1回目は「楽しい映画」として観ていた部分が大きかったのですが、2回目は、ヤチヨを見る映画だったように感じました。
ヤチヨの明るさの奥にあるもの
ヤチヨは明るく振る舞っている場面が多いです。
でも、2回目に観ると、その明るさの奥に、長い時間を生きてきた寂しさや願いがにじんでいるように感じました。
8000年という時間を抱えていることを知っているだけで、同じ台詞や同じ表情でも、受け取り方が変わります。
楽しそうにしている場面にも、ただ楽しいだけではないものが見えてくる。
明るい映画なのに、その奥にずっと長い時間の思いがある。
そういうことを感じながら観られたので、2回目を観てよかったと思いました。
1回目は音楽や映像の勢いを楽しむ映画。
2回目は、ヤチヨの思いを見つめる映画。
同じ映画なのに、こんなに見え方が変わるのは面白かったです。
「人の思い」が残る映画
ここからは、観たあとにAIと一緒に整理して思ったことです。
『蛇神』と『超かぐや姫!』は、かなり違う映画です。
『蛇神』は、人の情念や欲望のようなものが、色彩や怪異として画面に出てくる映画でした。
『超かぐや姫!』は、ヤチヨの8000年の思いが、行動や言葉の奥に見えてくる映画でした。
表れ方は全然違います。
『蛇神』では、それが鮮やかな色や怪異として出てくる。
『超かぐや姫!』では、それが明るい振る舞いの奥に、静かににじんでいる。
見終わってから振り返ると、この2本はどちらも「人の思いが形になって現れる映画」だったのかもしれないと思いました。
ただ、これは細かい考察というより、自分が観たあとに残った印象に近いです。
最後に
『蛇神』は、もっとテレビ版や妖怪とかの基礎知識?を知ったうえで観ると、また違う感想になりそうです。
『超かぐや姫!』も、2回目でこれだけ見え方が変わったので、また時間を置いて観たら別のものが見えてくるかもしれません。
9月に復活上映もあるので今から楽しみです。
6月に観たこの2本は、どちらもかなり違う映画でした。
でも、どちらも自分の中には「人の思い」が強く残る映画でした。
こうやって観た映画を文章にしてみると、ただ「面白かった」で終わらずに、自分が何を受け取ったのかが少し見えてくる気がします。
まあほとんどAIのおかげですけどね。
また気が向いたらこんな感じで感想を書けるといいなと思います。
それではまた。
